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【2016.10/8-10】安泰寺 坐禅リトリート

なぜ坐禅をするのか

「禅」という単語をインターネットで検索してみます。

“禅はなぜ海外でウケるのか?”
“あなたの疲れた心を軽くする禅の言葉”
“世界の指導者が実践している禅思考のすすめ”
“禅が体験できるお寺まとめ”

坐禅、禅のキーワードで様々なまとめサイトがたくさん見つかります。
坐禅、メディテーションや、瞑想、というキーワードが世間で頻繁に聞かれるようになった今、実際に坐禅をした経験がある方も多いのではないでしょうか。

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では、私たちはなぜ坐禅をするのでしょう。
なぜこんなに坐禅に注目しているのでしょうか。
私たちは坐禅に何を求めているのでしょう。

“本当の自分を見つけるため”
“心を鍛えるため”
“自分を見つめ直すため”

理由は人により様々です。
どれも坐禅をすることで何かが変わる事を期待しているのだと思いますが、坐禅を通して一体何が変わるのか。

・・・正直、はっきりと分かりません。

じゃあ、実際にやってみようじゃないかと。
それもやるなら本物を体験してみたい!!

True Nature Retreatで毎年春と秋の年2回開催している安泰寺リトリート。実際にお寺に入って雲水さん方と同じように生活を共にしてお寺の修行を体験するリトリートです。
坐禅体験や、宿坊に泊まれるものは多くありますが、実際に雲水さんと同じように修行させてもらえることはなかなかない貴重な機会なのです!!、これがこのリトリートが“本当にストイックな”と言われる理由。
今年も秋の安泰寺リトリートの季節に。

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ご存知のとおり、日本にお寺は数多くありますが、その中で安泰寺のように檀家さんをもたず、坐禅を中心とした修行を生活の軸としているお寺は数少ないのが事実。安泰寺では坐禅を修行の中心におくため、ほぼ自給自足の生活を営んでいます。自分たちで田畑を耕し、山菜をとり、薪を割ってかまどでご飯を炊き、風呂を沸かします。そして1年を通じて坐禅に専念し、なんと年間1,800時間という時間を坐って過ごします。
本来、安泰寺では3年以上の修行を行う方のみが参禅を許されるのですが、True Nature Retreatでのみ特別に3日間の体験をすることができます。

今回で第3回目。この秋も、行ってみた人にしか分からない体験がそこにはありました。

いざ安泰寺へ!!

リトリート1日目。13:30、鳥取駅集合。
ひとり、またひとりと大きな荷物を背負って、きょろきょろ不安そうに辺りをを見回しながら駅を出てくる姿は、明らかに今回のリトリート参加者の方と一目瞭然。
これから運命共同体となる頼もしい同志との出会いの瞬間です(笑)
「坐禅ってされたこと・・・ありますか?」
「・・・実は初めてなんです。」
「あ!私も初めて!!」
「詳しい方ばかりが来るのかと思って、実はドキドキしていたんです。」

参禅のきっかけも様々です。True Nature のイベントで知った方、講演会を聞いたことがきっかけの方など、職業も会社員から働くお母さんまで様々。海外からも公開された安泰寺の生活を撮影した映画『ZEN FOR NOTHING』を見て、たまたま来日中にリトリートの事を知って参禅されたミラクルな方まで!!
参禅の理由も、それぞれのバックグラウンドも本当に様々です。

乗り込んだバスの中で、お互いに自己紹介を交わしながらゆっくり美しい日本海の海沿いの道から、徐々に細い山道へと入っていきます。

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最後に民家を見たのはもう何十分も前のこと・・・。車が一台通るのがやっとの細い山道を何度も切り返しながら、車はゆっくりゆっくり慎重に登っていきます。
「ちゃんと無事着くのだろうか・・・」

ほんの少し不安をかかえていると突然目の前がひらけ、広大な敷地がいきなり目の前にひろがります。

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そして正面の一番大きな建物からゆっくりと微笑みながら迎えてくださる男性が登場。安泰寺の堂頭(住職)ネルケ無方老師です。「皆さんようこそ。ようこそいらっしゃいました。」
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生活を共にする

ネルケ無方老師は、ドイツ生まれ。高校のサークルで坐禅と出会い、学生の時に来日。
その後、大学卒業後に再び安泰寺に入門。京都や小浜の専門僧堂にも掛塔されたのち、独立した禅道場を開くために下山して「流転会」というホームレス雲水生活をされた後、再び安泰寺へ。現在に至る・・・という異色の経歴の持ち主です。雲水さんと生活を共にしながら、積極的に講演活動をされたり、多くの著書を出して、都市で忙しく働いている方へ坐禅を伝えておられます。

到着後、早速ネルケ老師に直々に安泰寺をご案内していただけることに。
部屋に荷物を置いた後、台所、食堂、お風呂、お手洗い、図書館…。
この時点での安泰寺では、約20名程の雲水さんがおられ、寝泊まりされている2階建ての大きな建物は老舗の旅館のような昔ながらの佇まい。

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そして、廊下を渡り、念願の本堂へ。

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扉を開けるとそこにはひときわ広い空間。
その空間いっぱいに坐蒲が整然とずらりと並んでいます。
たたみへ一歩一歩足を踏み入れ、自然と背筋が伸びます。

“いよいよ今夜からここで坐るんだ…。”

15:00 入浴、自由時間。
本堂での説明を聞き、お風呂に入ったあとは少しの自由時間。
安泰寺の敷地内を散策したり、それぞれ思い思いの時間を過ごします。

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屋外のテーブルで休憩中のリラックスモードの雲水さんたちを発見!!
若干緊張しながらも話しかけてお話を聞いてみます。雲水さんというと、なにか特別な方という気がしますが、少し緊張しながら話しかけると、気さくに答えてくださいます。
“・・・雲水さんも普通の人間なんだ。”
大げさですが、少しホッとします。

17:00 薬石。
初めての安泰寺の食事。
ここで先程までの和やかな雰囲気とは空気が一変します。

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美しく配膳されたお食事が並んだテーブル。
先にテーブルについた雲水さんは、姿勢を正し、まっすぐ前を見ています。
先程と同じように、和気藹々と食事をいただけると思っていた方は、明らかに変わった雰囲気に戸惑いの表情が浮かびます。周りをきょろきょろと見渡しながら、促された場所に座り、慣れない様子で、見よう見まねで一礼をして席につきます。

箸を置く位置、置き方、食べ方。
食べ始めるまでにも1つ1つに作法があり、雲水さんから指摘をしてもらい、細かい所を直しながらいただきます。
食事を頂いている間は、ひと言も話しません。ただ黙々といただきます。
見よう見まねで食べ終え、食器を重ねてお箸を置きます。

“ああ、緊張してなんだか食べた気がしない・・・。”
“食事中に食べることだけに集中して食べたことって、今まであったかな。”
“このおかずの食材は何だろう? どういう味付け何だろう? と自然と考えながら食べました。”

普段の食事ではテレビを見ながら、家族や同僚とおしゃべりしながら、考え事をしながら・・・など、食べることに集中していることはあまりないのではないでしょうか。
ここでは食べる事も大切な修行のひとつなのです。

18:00 坐禅。いよいよ本堂へ。
少し肌寒くなってきた夕方、境内のすこしひんやりとした木の感触を足裏に感じながら一礼して本堂に入ります。

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礼をして坐蒲に腰を下ろします。
薄暗いお堂の中、壁と床の境目をみながら、冷たい空気を鼻からゆっくり吸い込むと、初めての坐禅にドキドキと、キリッとした気持ちとが入り交じったような気持ち。

初日の坐禅のこの日、ネルケ老師から基本的な坐り方を教わります。
足の組み方、組む順番、体の中心軸の取り方。坐禅と坐禅の間にある経行のやり方。

どんな意識で坐ればいいの??

坐禅の最中は何を考えたらいいの?ということですが、よく“雑念をはらって無心になれ”とか“息の数を数える”などいろいろなことが言われますが、ネルケ老師から“羊飼いと羊の群れ”の例えを教えていただきます。
「坐禅中は様々な思いや感情が浮かんできます。羊飼いという『私』は羊という『思い』をまとめて管理しようとします。あばれる羊たちを管理しようと柵を作ったり、番号をつけたりするけれども、管理すればするほど、羊は柵をこえたり、逃げたりして暴れてしまいます。実は1番の問題は羊ではなく、羊飼いの方。では羊の群れを管理するのを完全にやめてしまえばいいのかというと、それとは全く違います。では私は何になればいいのか。」

坐るときは、他のあるものになればよいことを教えていただきます。
頭ではなるほど納得。・・・あとは実践あるのみ!!

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それぞれの坐禅の時間。
虫の声、遠くで響く鹿の鳴き声。両隣の雲水さんの存在感。
普段意識しなかったことが新鮮に感じられます。

それぞれの坐禅の時間を過ごし、1日目が終了。

2日目。朝3:45。
布団を手早くたたみ、顔を洗い、ものの10分程度で身支度を済ませ、まだ日も明けぬ薄暗い早朝の廊下を本堂へと急ぎます。外はまだ真っ暗。安泰寺での2回目の坐禅です。

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鳥の声、ゆっくりと明るくなってくるお堂。
初日とは、坐った時の意識がまた違います。

6:10 朝食。
雲水さん方は応量器と呼ばれる、代々受け継がれている食器でいただきます。器の片付けのお作法もよく考えれられていて見とれてしまうほど。

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6:40 掃除。
食後すぐに担当の場所に分かれててきぱきと掃除します。

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7:30 講義・作務体験。
作務とは、安泰寺でのお勤め=お仕事のこと。時給自足の生活の中で必要なことはすべて自分たちで行います。
田んぼや、畑仕事、薪割りなども大事な作務、すなわち修行のひとつです。

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ネルケ老師に案内してもらいながらそれぞれの作務の様子を説明いただき、実際に体験します。

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こちらは薪割りに挑戦。
ネルケ先生から直々に教えていただきます。

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さつまいものツルの処理。食べられない葉っぱを取り除いて、ツルを残します。
こちら3日目の朝食でおいしくいただきました。

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こちらは銀杏採り。
むせ返るような銀杏の香りの中での作業は見た目よりもハード(笑)

私たちの作務はまだまだ簡単なお手伝いですが、ベテランの雲水さんは、チェーンソーで丸太を切ったり、ショベルカーをつかって土地の整備も。

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すべて修行です。
途中の休憩時間をはさんでの長時間の作務。
正直坐禅よりもハードかもしれません・・・(汗)

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親方と呼びたい。。。

お互いがお互いを気遣う

リトリート2日目の夜。
夕食後は、リトリート仕様に特別に立食のパーティー形式の大キャンプファイヤー。

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和やかに炎を囲んで、乾杯用の飲み物をつぎ分けている時の出来事。
すでに全員に飲み物の入ったコップが行き渡っているにもかかわらず、それに気付かずにコップに飲み物を注ぎ続けている・・・。という場面。私たちの日常でもよくありがちなこの状況ですが、、、

「周りをよく見て行動しなさい!!」

厳しく注意が入りました。

これは今に限った話ではなく、朝食でも、昼食でも、周りを見ながら食事のペースをあわせたり、自分のことばかりでなく、全体を気遣いがら食べることが大切だと感じる場面が何度もありました。カジュアルなこの場面でも大事な事はいつも一緒。
日常の場面と、普段の安泰寺の生活で大事にしていることがぎゅっとと結びついた瞬間でした。

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3日目。最終日。
前日の朝と同じように坐禅から1日がはじまります。
坐禅や、安泰寺の生活についてのフリートークで締めくくりました。

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安泰寺の生活は特別なものではない。

安泰寺で修行している方々にとっては、それは日常の一コマ。
私たちが日々仕事や家事、育児に取り組んでいるのと同様、修行が日常の一コマなのです。

安泰寺の農作業は田畑のあるところで育った方なら手慣れた仕事も多いはず。
ここで起こっていることは、特別な生活ではなく日常です。
特別な人が行く場所ではなく、またそこで特別なことが起こっているわけではないのだなと感じました。

最終日、坐禅が終わった後の掃除の時間のこと。境内の雑巾がけをしているときに、ある雲水さんがこんな話を教えてくださいました。
「お釈迦様のお弟子さんの中で、自分の名前の読み書きもできない、とてもできの悪い方がいたそうです。お釈迦様はそのお弟子さんに、掃除という修行を与えました。その掃除の際に、“垢を流し、塵を除く”と唱えさせてひたすら掃除をさせました。そのお弟子さんは黙々と掃除を続け、お釈迦様の10大弟子のひとりに数えられる方になったそうです。」

日常に安泰寺がある

2泊3日の旅行が終わり、下山。
久々にコンビニに入り、帰りの切符を買うお金をATMで引き出します。すぐに物が手に入ることのありがたさと、それと同時に、必要でない物までほしがる自分も復活。
帰りの電車では、人を押しのけて我先にと出て行こうとする人を見て、早速イラッとしたり。

手に入る物は多く便利だけれども、あれもこれも欲しいという思いも湧いてきます。
沢山の人がいるけれどもイライラさせることも、させられることも感じ、こういったストレスが日常にあった事を久々に思い出し、あらためて驚きます。

“不便な事も大変なこともあったけれど、心はすごく穏やかな、心の居心地のよい3日間だったな・・・。”

毎回の食事、いつものお掃除、いつものお仕事。
食べる時は食べる。
お手洗いにいくときはただ用を足す。
坐禅はたしかに修行の中心ではあるけれども、他のことすべてを重要としています。

ネルケ老師の著書「ただ坐る」(まるまる出版)の中でも、“坐禅は食事に例えると白米のようなものだ”とあります。それぞれのおかずのように、とりたてて旨味があったり、特徴があるものではない。だけれども、毎日の食事の軸となって支えてくれるもの。

いきなり3年間の修行はハードルが少々高いかもしれません。
1人で1日何時間も坐禅をしようと思っても、それこそ三日坊主でおわってしまいます。10分でも15分でも、1日の始まりに坐禅という軸ができれば、きっと1日の中身は変わってくると思います。主食を中心としたバランスの良い食生活が健康をもたらすように、坐禅という軸のある生活の習慣は、人生を変える力があるのかもしれません。

リトリートを終えた参加者の方々も、
“悩んでいたことが多かったけれど、すっきりして前向きに進めそうです。”
“生活を見つめ直すいい機会になりました。”
“こういう時間が本当に必要ですね・・・このまま習慣にします!!”

参禅された皆さんの、まるで子供のようなすっきりとした笑顔が、なにより坐禅と安泰寺の生活の力強さを物語っていました。

なぜ坐禅をするのか、坐禅をして何になるのか。
あなたもこのリトリートで、そのヒントがきっと見つかります。

次回は2017年春の開催予定。マイ坐蒲を用意して(笑)楽しみにお待ちください。

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ネルケ無方 (ネルケムホウ)
安泰寺の九代目の堂頭(住職)。
1968年のドイツ生まれ。16才の時、高校のサークルで坐禅と出合い、将来禅僧になることを夢見で日本に。ドイツの大学で哲学と日本学を専攻し、在学中に一年間日本で留学。その際に安泰寺に上山し、半年間の修行体験を得る。帰国後に大学を修士課程で卒業し、再び安泰寺に入門。八代目の住職、宮浦信雄老師の弟子となる。雲水として安泰寺で修行後、京都の東福寺と小浜の発心寺と言った専門僧堂にもそれぞれ一年間掛搭し安泰寺でさらに4年間過ごした後師匠の法を継ぐ。33才のとき、独立した禅道場を開くため、下山して大阪城公園で「流転会」と称してホームレス雲水生活を開始する。その6ヶ月後、2002年の2月に師匠の訃報を聞き、テントをたたみ安泰寺へ。現在は雲水と年間100人を超える国の内外の参禅者の指導。大阪で知り合った妻と結婚をし、3人の子供の父親でもある。

ホームページ:http://antaiji.org/ja/