コロナウイルスによって我々の日常も大きく変わりました。ライフスタイルの変化が速く、大きいが故にストレスや…

コロナウイルスによって我々の日常も大きく変わりました。ライフスタイルの変化が速く、大きいが故にストレスや不安が心を捉えて離れない日々が続いてるという方も多くなってきましたね。瞑想家である私としては、こんな時こそメディテーションを!と言いたいところですが、瞑想をはじめる前に注意して欲しいこともあったりします。このような時期だからこそ今回は瞑想を始める時に知って頂きたいことについて書きたいと思います。

 瞑想にはさまざまな効果があります。

 マインドフルネス瞑想を続ければ、心が落ち着き、心がしなやかになり過剰なストレスを減らすことができます。メッタ瞑想やトンレン瞑想といったコンパッション系の瞑想を続ければ、思いやりや優しさ、共感力を鍛えることができます。さらに瞑想は心のありようだけではなく、自律神経の調整や血圧の安定、睡眠の向上、免疫力の向上など身体的な効果も得られます。このように瞑想を実践することでの心的・身体的なメリットはたくさんあります。

 まさに今この時代の万能薬!と言いたいところですが、瞑想には「即効性がない」という弱点があります。

 瞑想は考え方の癖、思考のパターンに気づいて、それに固執しない心の力をつけていきます。その結果として、ストレスの減退や他者への共感力などが培われます。こうした取り組みには、まず落ち着いて心と向き合う下地が必要になりますが、そもそも忙しく動き回る忙しない我々の心がそれを阻みます。心をまずは落ち着けて、そしてその癖に気がついていくには時間と労力が必要です。

 どんな瞑想であれ、繰り返し繰り返し、そして繰り返し実践を行うことで徐々に効果が現れてくるものです。才能や向き不向きはありません。ただ繰り返し行うこと。これが瞑想が機能する唯一の方法です。残念ながら瞑想をたまにやっても効果はほとんどありません。私の先生であるDavidはよく「マジックピル(魔法の薬)はどこにもありません」という言い方をしますが、まさに瞑想してその日に効くということはありません。瞑想の効果を得るにはある程度の継続とそれにかかる時間が必要だということをまず知っておいてください。

 次に、リラックスには、心身ともに落ち着いた状態と、意識を紛らわせただけのフェイク・リラクゼーションがあるということも知っておく必要があります。

 瞑想はリラクゼーションの側面が大きく認知されているため、瞑想によって今あるストレスや不安や心配事を忘れることができることができ、それによって元気を取り戻すものだと誤解されてしまうこともあります。

 森の中の綺麗な湖のイメージや、美しい山々や、碧い海を思い浮かべたりすれば、それをしている間はリラックスしたように感じるかもしれません。しかしこうしたリラクゼーションは、瞑想をやめた途端に元々あった不安や恐怖がすぐに戻ってきてしまいます。

 アメリカではこうしたタイプの瞑想をファスト・メディテーション(Fast Meditation)と呼んだりします。Fastfood(ファーストフード)やFast fashion(ファストファッション)という言葉もありますが、お手軽なといった意味です。こうしたファストメディテーションで気を楽にすることも必要な場合ももちろんあります。あまりにもストレスが強く、心が追い詰められて、余裕がまったくない時には、一時避難的にこの手法は有効です。

 薬で例えれば、ファストでない本来の瞑想を長い時間をかけて体質改善を図る漢方薬と考えるなら、ファスト・メディテーションは強力な抗生剤といったところです。一気に熱(ストレス)を下げます。

 しかし、ファストなメディテーンは単に気を「紛らわしている」に過ぎません。一時的に意識を他のことに振り向けて、自分にある不安や焦燥感を「見て見ぬふり」をしているだけです。そのため瞑想をを終わった途端にまた熱(ストレス)があがります。こうした気を紛らわすことは、瞑想でなくても、お酒や、ギャンブル、ドラックに溺れることで同じ効果を得ることができます。そしてそれが進むとある種の依存と言える状況に陥る危険が孕んでいます。熱が下がっても無意味に抗生剤飲み続けたら、薬も毒になりますね。これと同じです。

 このため、フェイク・リラクゼーションはある一定回数の活用でとどめ、心にすこし余裕が出てきたら、叙々に心を本当の意味で休ませるタイプのファストでない瞑想トレーニングに切り替える必要があります。そうしないとただ中毒的に瞑想を続けるある種の病に陥ってします危険性があります。あらゆる人生の出来事に目を背けて、ただただ気分を紛らわせてある特定の心的状態に留まろうする極めて限定的で閉鎖的、利己的な人格を形成してしまします。

 瞑想は様々なメリットがある人生の良薬です。しかし使い方を間違えると我々の心を蝕む毒薬になりかねない側面があります。瞑想の理解を誤ってしまうとこのような瞑想中毒を起こしてしまうリスクがあるこも知っておいていただきたいと思います。瞑想をはじめる際は、この「即効性のなさ」と、「リラクゼーションの質」を知っておいて頂ければと思います。

 私が学んでいる伝統では、瞑想を学ぶ・実践する生き方をThe Path of Worrier (勇者の道)と呼びます。瞑想して心と向き合うことは、自分の不安や恐怖と向き合うことともいえるからです。世界が不安や恐怖に覆われたDark Age (暗黒時代)こそ、しなやかで強い心と思いやりと優しさを持って自分と世界と向き合うことが必要と言われます。そのために日々しっかりと瞑想を行います。そういう意味では、今の世界の状況こそ、瞑想を始め、そして瞑想を実践するベストなタイミングだと言えるでしょう。瞑想には、落ち着いて、明晰に状況を洞察して、そして思いやりを持って、家族や友人、職場の仲間たちと過ごせる心の力を培うことができる力があります。これが瞑想の力です。

  私が学び実践している瞑想の視点から見ると、瞑想指導はその場限りのフェイクリラクゼーションを与えることが仕事ではありません。瞑想を必要としている人に、正しいやり方を伝え、そしてそれを続ける手助けをするのが瞑想指導者の仕事となります。それには長い時間と根気が必要ですし、時には生徒が不安に負けそうになる時もあります、そうした時こそ、生徒を励まし、そしてその不安を共有して、一緒に坐る(瞑想する)ことをするのが指導者の仕事です。

 True Nature Meditationがコロナ禍において、オンラインのプログラムを展開していながらも、未だにスタジオを開け続けているの理由はここにあります。心と向き合う努力をつづける生徒が不安や落ち着きのなさが取れないときこそ、オンラインではなく、指導者が同じ空間で一緒に座る時間が必要となるからです。

 瞑想を指導するということは、ただ単にテクニックを伝達するだけではなく、その生徒が自分の力で瞑想を行い、自分の力で心と向き合う力がつくまで、しっかりと責任をもって見守るということです。安易なこころの逃避場所を提供することは、長い目で見れば、その生徒を瞑想中毒に陥れてその人の人生を壊す手助けをすることになりかねません。

 私やデイビッドが瞑想指導者を育成するときに、瞑想指導者はセラピストでもスピリチュアル・ヒーラーでもないといったりしますが、我々指導者ができるのは、正しく坐れるようにして、それを見守るだけだからです。瞑想の指導者は心を治すわけでも、リラクゼーションを与えるわけでもありません。そうした職種とは全く異なる職業です。

 いつもこのブログで書いているように瞑想を始めるには指導者が必要になりますが、指導者が行うこと、行えないことをしっかり理解できていれば、指導者を選ぶ際に誤ることもなくなります。

 瞑想をはじめようと気合が入っている方々に、冷や水を浴びせるようなことばかり書いていますが、せっかく始めるのであればこそ、時間が無駄になったり、心があらぬ方向に行かないように、こうしたことは頭の片隅に置いて頂ければと思います。瞑想に真摯に向き合っている指導者とそして正しい方向性をもっている瞑想に出会うことができれば、それは皆さんの人生を歩むとても心強いパートナーとなるでしょう。ぜひ皆さんに瞑想を実践していただきたいと思います。

良薬は口に苦し。瞑想をはじめるときは忘れないようにしてください。

河津祐貴
True Nature Meditation
Founder / Program Director