以前のブログ『やわらかい瞑想』と『孤独な瞑想』で書いた通り、マインドフルネス・メディテーションを実践している時には、...

 以前のブログ『やわらかい瞑想』と『孤独な瞑想』で書いた通り、マインドフルネス・メディテーションを実践している時には、自分の中に暖かさや思いやりの質があり、同時に孤独な感覚とそれを受け入れたことによる自分への安心感や信頼感があります。
 
 しかし、メディテーションが正しく行えていないと、そうした暖かさや安定感が育まれず、メディテーションそのものがどんどん孤立化し、寂しさを強めてしまいます。自分が家庭や職場や友人たちから見捨てられた気分になり、世界の全てが好きになれなくなってしまい、どんどん自分の周りの世界から自分を切り離してしまいます。

 そうした、ある種の「瞑想の罠」に嵌らないためには、毎日のメディテーションの練習と日常生活をしっかり結びつける必要があります。日々のありふれた出来事に好奇心を持ってコミュニケーションしていくためには、柔らかさ優しさ、思いやりが大切な要素になります。こうした思いやりを「慈悲」と言いますが、この慈悲が日常と瞑想練習を繋げてくれるブリッジになります。

 こうした思いやりや優しさを育むためには、何かの物事に固執する「心の情熱性」と自分や周りに怒りを向ける「心の攻撃性」をそれぞれを冷ましてあげることが必要です。

 情熱的になっているのは、自分が何かしらの欲望を満たしたい時の心の状態です。『今すぐに何かを手に入れたい!』という切迫して緊急性が有る状態でもあります。この時、心は焦って、『どうしよう!なんとかしなければ!』と落ち着きがなく、とても心のスピードが上がります。そして心が急いていると、心がどんどん攻撃的になり、イライラが自分の内側にも外側にも向くようになっていきます。周りと敵対関係を築いて、どんどん自分と世界を切り離して孤立を深めてしまいます。

 マインドフルネス・メディテーションを実践することで、思考を手放したり、感情を手放すことに慣れていくと、自分の情熱的な欲望を手放すことができるようになり、徐々にこの心のスピードが落ちてきて、攻撃的なイライラも減っていきます。何かに切迫されるとこはなくなり、急ぐ必要のなさが徐々にわかります。

 そして、そうした心のスピードが落ちるからこそ、リラックスができるようになり、落ち着いて周りを見渡せます。そうなればしめたもので、ゆったりと落ち着いた心で自分がどうなっているかをよくみることができます。自分をよく知れるようになると、自分を大切にすることができるようになっていき、その自分を大切にする思いが、やがて暖かさや思いやりの源になっていきます。

 マインドフルネス・メディテーションの実践で、しっかり心のスピードを落とすことがでれば、コンパッションと言われる思いやりや優しさ、他者との共感力を培うための最初の一歩を踏み出せるようになっていくのです。

 マインドフルネス一歩一歩進めると、徐々に自分の存在を再確認していきます。しっかり自分が地に足がついて、ここに存在していることがわかると、毎日の練習は、宇宙のどこかに彷徨ったり、過去や未来に思いを馳せずに、現実的なものとなって、リアルな日常の中でメディテーションが行われるようになります。

 安定してて、地に足がついていて、柔らかさや思いやりとともに端然と座っていることができます。その時心はちっとも急いでいません。焦りのない心とともに、人生の全ての状況とコミュニケーションができるようになっていきます。

 メディテーションは、何かに急ぐ必要のなさを知る練習でもあるのです。

河津祐貴
True Nature Meditation
Founder / Program Director