ここのところ、この「まいにちメディテーション」では、呼吸の取り組み方や、柔らかな感覚、孤独感との向き合い方など、...

 ここのところ、この「まいにちメディテーション」では、呼吸の取り組み方や、柔らかな感覚、孤独感との向き合い方など、マインドフルネス・メディテーションをしている時に感じていただきたいポイントを紹介しつながら、『自分と友達になる』ということについて説明してきました。今回からは、さらに少し踏み込んで、マインドフルネス・メディテーションをもう一段安定して、研ぎ澄まされたものになるためのポイントについて書いてみようと思います。

 そもそも“マインド”フルネスと言われるくらいですから、マインドフルネス自体が「心の何か」なのは文字通りですね。よくこのブログでも、メディテーションとは「心」を扱うものといったりしますが、では、そもそも「マインド」とか「心」と言われるものは何を意味しているのでしょう?

 これは簡単なようで、答えるとなるとかなり難しい問いになりますね?そして、この問いは、私たちメディテーターには危険をはらむ問いだったりします。

 心や意識を定義しようとすると、哲学的なアプローチにせよ、心理学なアプローチにせよ、スピリチャルなアプローチにせよ、多くの先入観や、固定観念を生み出してしまうからです。そうした固定観念に囚われすぎると、心の本質を見ることができなくなってしまうことも少なくありません。これはメディテーターが嵌まりやすい罠の一つと言えます。ある種の観念的思索は、メディテーションを実践して、心に直接的に取り組むための大きな障害になります。

 メディテーションの実施を通して、心を直接的に関わっていく方法はもっとシンプルに行えます。例えば、メディテーション中に『誰か瞑想しているのか?』と自分に問いかけて見ればいいのです。そうすると「マインド」とか「心」と呼ばれるものの核心を突くことができます。

 また、瞑想とは何をしているのかを知るためには、『私はだれ?』と自分で問いかけることも大変有効です。

 私は誰かを考えてみると、そこに答えがないことに気が付きます。
 その答えのなさをよく観察してみると、そこには心理的な空白、心理的な解放性があります。心のギャップ(GAP・隙間)と呼ばれるものです。この心的に開かれたシンプルでオープンな状態から、自分が何者なのかの閃きを経験するかもしれません。チョギャム・トゥルンパ・リンポチェはこの閃きを最初の思考(First thought)と呼びました。

 この「最初の思考」は、混乱しているだけでなく、時には論理的だったっりするので、何やらはっきりした考え事のように思えるかもしれませんが、実はこれはまだ高度に進化した皆さんの「考え」まで至っていません。まだ色々な条件付けや、固定した反応の産物といいうよりは、単なる反応に近いものです。

 こうした最初の思考が我々の「本当の思考」と言えるものです。直感と言われるものに近いかもしれません。これは、我々の本当に感じた何かです。混乱した心かもしれませんし、鋭い直感的な洞察に近いものかもしれませんが、どれも私たちのピュアな心の反応です。

 最初の思考に気づくようになると、何か特別な大切なもののようになりがちなのですが、メディテーションにおいての大事なポイントは、そうした最初の思考は、『ただそのままにしておく』ことです。思考をそのまま置いておくことができるように練習するのがマインドフルネス・メディテーションの一つの大事な訓練でもあるのです。

 実際に、こうした最初の思考に気がつき始めると、私たちはその扱いにとても慎重になってしまいます。そして、その最初の思考を、自分ですぐ第二、第三の思考へ発展させて、より理由のある思考を作り上げようとします。

 こうして手を加えらえた、第二、第三の思考は、最初の思考よりもより安全で、より正当で、より信頼のおけるもであると感じます。もし、第二、第三の思考の信頼性が上がらない場合は、友人や、先生や、仕事の先輩などに確認を求めることで、自分の考えの正当性を担保してもらおうとします。常日頃、私たちはこうした自分の考えや、自分の在り方に関してのセキュリティシステムを幾重にも重ねています。実際に職場や学校ではこうしたことをしなさいと習うかもしれません。何か不安なことがあれば、すぐその道のプロに尋ね、それによって安心したいのです。

 しかし、メイディテーションの視点からみると、こうした外部のアドバイスを求めることは、最初の思考を否定してしまうことになります。

 最初の思考は、自分が直感的に何かを感じる、自分自身の最初の閃きですが、私たちはそれを自分のものとして受け入れ、信頼することができない場合が多いのです。

 自分のそうした経験を、何かしらの外部の確認や保証、自分自身の理由付けがないと、受け入れることができません。ある意味、私たちは常に自分を2次的、3次的に自己評価を重ねていきます。これこそがわたしちが本当に感じていること、触れていることを阻害する大きな問題です。「ありのまま」ということがメディテーションを学ぶ時によく使われますが、「ありのまま」とは、こうした自己加工や、外部認証を必要としない、生粋の思考を知ることです。

 マインドフルネス・メディテーションをこなう時は、まずパッと思う、最初の思考をきちんと捉えることはとても重要な練習になります。さらにそうした最初の思考をそのままにしておくことで、自分の心を2重、3重に加工をしていかない力を養います。こうしたプラクティスによって、少しず自分自身の状態、すなわち自分が感じていることを素直に、直接的にわかるようにしてくのです。

 最初の思考とは、物事が良いとか悪いとか、興味がないといった評価、判断がされる前の直接的な経験です。難しい言葉でいえば、二元的に物事を捉えていない状態です。物事を「あれ」と「これ」とか「私」と対象に分ける前の状態とも言えます。そうした二元的なとらわれがないので、とても開放感があり、オープンな感覚も伴う状態です。

 こうしたオープンな感覚で、パッと閃く最初の思考こそが、我々のありのままで、本当の心の姿なのです。この姿を捉えるには、メディテーション実践しかありません。論理的な思考を回しても、それは自分の心をこねくり回して、安心と安全を何かしらに担保した加工物に過ぎないのですから。。。

 マインドフルネスは、自分で心と直接向き合うための大切なツールなのです。

河津祐貴
True Nature Meditation
Founder / Program Director