心と意識、思考
Mar 10, 2025
私たちの伝統では、瞑想を「心を飼い慣らす(taming the mind)」ものと捉えます。瞑想は、心を観察し、鍛え、その働きを理解していく方法です。
そのため、瞑想を実践するうえでまず「心とは何か?」を知ることが大切です。また、「意識と心の違いは何か?」「思考とは何か?」といった点も、実践を深めていくと理解する必要が出てきます。たとえば、マインドフルネス瞑想などで「思考にラベルを貼る」「思考に触れる」などと言われますが、その「思考」と「意識」はどう違うのでしょうか?
「心」「意識」「思考」という言葉は日常会話でもよく使いますが、それぞれを厳密に説明しようとすると意外と難しいですよね。そこで今回は、瞑想の実践で役立つような形で、これら三つのシステムを簡単に整理してみます。
1. 心とは何か?
チベット語で「心」を表す言葉はたくさんあり、心の機能的側面によって呼び名が変わります。たとえば最も一般的な心を表す言葉は、セム (sem) と呼ばれ、「他と関係を結ぶことができるもの」という意味があります。
一方、「リクパ(Rigpa)」は、日常的な「セム(sem)」とは区別され、より高次の知性的側面が強調されます。これは「純粋な覚知(pure awareness)」を指し、非二元的にすべてを見通すことができるものとされ、ときに「イェシェ(yeshe)」と呼ばれる智慧と同等に扱われることもあります。チョギャム・トゥルンパ・リンポチェも、著書『Glimpses of Abhidharma』の中で、心を「頭脳労働を必要とせず、神経系レベルでの単純な知覚」と表現しています。
初歩の瞑想実践では、まずは“心”=”純粋な知覚機能”としてとらえると分かりやすいでしょう。人や物など外部対象でも、思考や感情といった内部対象でも、何かにスポットライトを当てて捉えるレーザーポインタのような役割を担うのが「心」のはたらきです。
2. 意識とは何か?
その「心」が対象を捉えたときに生まれる認知作用が「意識」です。何らかの対象と視覚や聴覚などの感覚器官が接触したとき、「これは音だ」「これは匂いだ」と五感を通して認識するのが意識のはたらきです。また、思考や感情などの内的な対象に対しても同様に、捉えて把握する機能があります。
意識は、頭の中で展開される「思考」の一歩手前にある段階ともいえます。ここでの意識が対象を認識すると、それをもとに「ストーリー」を組み立てる準備が始まるのです。
3. 思考とは何か?
思考とは、意識によって認識された対象をもとにストーリーや概念を紡ぐ「認知の連鎖反応」です。対象が明確に認識された後、それにまつわる記憶や想像、推論などが次々と展開していきます。
心 → 意識 → 思考 の流れ
一例として、座って瞑想をしているときに外から車の走る音が聞こえたとしましょう。
- 心:まず心が「音」という対象に焦点を当てる
- 意識:耳を通して「これは車の音だ」と認識する
- 思考:「ガソリンを入れなきゃ」「車の鍵はどこに置いたっけ?」「せっかく瞑想しているのにうるさいな」など、ストーリーが生まれる
これは外の物音だけでなく、ふと浮かんだイメージや、不安・恐怖などの感情、あるいは「腰が痛い」「足がしびれた」といった身体感覚に対しても同様に起こります。私たちは日常生活でも、瞑想中でも、この心→意識→思考のサイクルを絶えず繰り返しているのです。アビダルマなどの仏教心理学では、これらが1/60秒ほどの瞬間的なスピードで連続していると説かれます。
なぜ瞑想でこの仕組みを学ぶのか?
瞑想は、こうした反応を識別する方法です。自分の内側で何が起こっているのか、知覚からストーリーが生じるまでの過程を、一瞬一瞬観察し、体験を通して理解していきます。これを見極めるには、まず心理的・身体的に「落ち着き」、「気が付いている」状態を保つ必要があります。
トゥルンパ・リンポチェは、マインドフルネスの落ち着きとアウェアネスの気付きの重要性を強調しました。両方が安定して機能し始めると、より細やかな識別力が育ち、チベット仏教で言われるリクパやロなどの高次の「心」の機能面にも気づきやすくなります。
さらに「意識」は八つの段階(八識)に分けられるという仏教心理学の枠組みも理解しやすくなり、思考も複合的な要素のかたまりとして観察できるようになるでしょう。こうした過程を通じて、私たちの本来備わっている「知性システム」や、リンポチェがしばしば言及したベーシックグッドネス(基本的な良さ)に触れていくことができます。
心の仕組みを理解し、友達になる
心→意識→思考という流れを理解し、それを瞑想で実際に体験・練習し、さらに日常で応用できるようになると、自分の心との関係が大きく変わります。心の動きや思考の展開に呑み込まれずに、まるで友人を見守るように付き合うことができるのです。これこそ「心を飼い慣らす(taming the mind)」という瞑想の真髄であり、瞑想が単なるリラクゼーションにとどまらず、私たちの生き方を根本から変える力を持つ理由なのです。